あるところに いっぴきの魚がいました。

魚は 小さなころにつかまえられて

ひろい海から ちっぽけな水そうに いれられてしまいました。

そこには やさしいママも 仲間も 兄弟もいません。

魚は ひとりぼっちになってしまいました。

うす暗い部屋の せまい水そうのなかで 海の夢を見るたびに

さびしくて なみだがとまりません。

あんまりさびしすぎたので 魚は だんだん 夢を見なくなりました。

そうして 海も さびしいというきもちも 

いつしか 忘れてしまいました。






魚は 大きくなるにつれて とてもきれいになっていきました。

まっさおなからだに キラキラひかるウロコ。

あんまりきれいなものだから

魚は 高いビルの上に かざられてしまいました。

ビルの上で 魚は はじめてみた空に おどろきました。

ああ なんてひろいんだろう。

どこまでも どこまでも つづいている。

魚は そのとき 何かを思い出したような 気がしました。

ひろい ひろい 空。

水そうの ガラスごしに見ていると、

はじめて見たのに、なぜだかなつかしくかんじるのです。



魚は 久しぶりに 夢を見ました。

ひろい ひろい空を およぐ夢です。



目が覚めて 空を見ると

なぜだか むねが苦しくて 仕方がありません。

『ボクは 空を およぎたいのかな?』

魚は それがどうしてか 分かりませんでした。







ある日 キラキラした魚にひかれて、

水そうの上に 白い鳥が 一羽やってきて 言いました。

「やあやあ!きれいな魚さん。なんだって こんなところにいるんだい?」

魚は言いました。

「こんにちは 鳥さん。ぼくは いつだってこんなものだよ。

キミみたいに 空をおよいでみたいな。」

鳥はびっくりしました。

「おやおや キミは 海を知らないの?」

「うみ?うみってなんだい?」

「キミみたいなのが たくさんいるところさ。

青くって しょっぱくって すごく すごく ひろいんだ。」

魚は 鳥の話をききながら、

夢に見たあの空が 海だということに 気がつきました。

そして 魚は思い出したのです。

なつかしい ひろい ひろい海を。

「ありがとう 鳥さん。ボク 海を思い出せたよ。」

魚は うれしそうに言いました。

それをきいた鳥も、うれしくなって にっこりしました。







それから 鳥は 魚のもとへ かようようになりました。

鳥と魚は おたがいが とても大好きになっていきました。 

あるとき 鳥は 魚が だんだん元気をなくしていることに 気づきました。

「魚さん、いったいどうしたんだい?」

「鳥さん、ボクは海にもどりたくてたまらないんだ」

魚は悲しそうにそう言いました。

そして、魚は夜になると水そうをこわそうとするようになりました。

傷だらけになりながら とうとう 魚は水そうのガラスを



ガシャーン!



と、割って 外へ飛び出してしまいました。

とたんに 魚は地面にまっさかさまに落ちてゆきました。







鳥が いつものように やって来たとき、

魚は もう助かりそうにも ありませんでした。

鳥は 魚のそばへまいおりると 悲しそうに言いました。

「ああ 魚さん ボクが海を思い出させたからだね。」

「いいや 鳥さん。ボクは 生まれた海へ 帰りたかっただけ。」

魚は 鳥を見上げて言いました。

「鳥さん、ボクを 全部食べてくれないかい。

キミは ボクに 海をくれた。ボクを ひとりぼっちから救ってくれた。」

「魚さん。キミは大切な友だちなのに、どうしてそんなことができるもんか。」

魚は 小さく笑って言いました。

「鳥さん もういちど 海を見せてほしいんだ。ボクとキミと ずっといっしょだよ。」





そうして しずかに 魚がいきをひきとると

鳥は 泣きながら 魚を 一欠けらも残さぬように きれいに食べました。





「魚さん ずっと ずっと いっしょだよ。さあ 海を見にいこう。」

鳥は そうつぶやくと 魚のように青い空へ 飛んでいきました。








心よりの友は愛よりも得がたきもの

そして、得がたき友とは

かくも容易く、この腕をすり抜けてしまう

けれどわずかに残るその記憶は

過ぎるたびに、私を微笑ませ、また涙させる


この作品を作るきっかけになった詩